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怪談の宴
ゲーム内の名前: |
Uronta。 |
ゲーム内のID: |
13038408 |
サーバー: |
アジア |
私は《いなくなった娘を探して欲しい》という依頼を受けてここ
に来た。
何故かって? この荘園が依頼主の娘の、最後の目撃情報のあっ
た場所だからだよ。
特に理由無く、こんな物騒な場所に足を運ぶ物好きなんてそうい
るもんじゃない。
私のような過去を置き去りにして探偵業を始めた、落ちこぼれを
除いて──。
建物の正門に辿り着き上空を見上げるも、霧が濃くその全容は見
えない。
「これを一人で押し開けるのは骨が折れるな……本当に」
自分の身長を遥かに超える鉄の扉を見つめ一歩前に出た──その
瞬間。扉の周辺から複雑な機械音が鳴り響き扉が軋み始めた。両
開きのそれは闇に呑まれ、それと同時に溢れ出てきた冷たい風が
肌を撫でる。
「……入るしかない様だな」
探偵はそれ以上考えること無く、足早に現場へと踏み込んだ。
────────────────
何者かが板を割る……カチカチと機械音が鳴り鉄のゲートに光が灯る。
《迫り来る恐怖》を振り切って男は必死で走った。気がつくと背
後に《恐怖》の存在は無く、男は喘ぎながら崩れるように地面に
倒れ込んだ。
次第に呼吸は落ち着き、そのまま深い眠りに落ちていった。
──────────────────
あれからどれだけ時間が経ったのだろう。腕時計は荘園に踏み込
んだ時から動いておらず、陽の光は濃霧に遮られ時間感覚は鈍っ
ていく一方だ。
「この先の部屋で最後だ……」
一階の入口付近に建物の構造図が高級感溢れる額縁に収められて
いた。
それを丸暗記し記憶を頼りに全ての部屋を潰して歩いていた。
だが、どの部屋も似たような作りで置いてあるものだけ違う程度
だった。
思ったような収穫もなく、この部屋も今までと同じようなら骨折
り損である。
僅かな期待を込めて力ずよく光沢のある木製のドアを開ける。
「これは……」
扉の先は無機質な壁に箱が置いてあるだけの部屋ではなく……生
活感のある部屋だった。
「本棚にランタン……ロウソクにピアノまで……」
コツコツと革靴の底が鳴る。
「私以外にはいな……」
いない、そう言いかけた瞬間。
背後からバサッと大量の紙が落下するような音がした。
探偵は慌てて後ろを見る──そこには思わぬ来客がいた。
「鳥……?」
割れた窓からココに迷い込んでしまったのだろうか。しかし、よ
く見ると違和感があった。
「お洒落な鳥もいたものだな」
黒い羽根が三本生えた仮面を着こなす小さな鳥──そいつはピア
ノの所まで飛んでいくとそれ以降動くことは無かった。
「少し疲れたな……休憩がてら本でも拝借して読んでみるか」
探偵は暖炉の横にある本棚から一冊の本を手に取り、革製の椅子
に腰掛けた。
その本は日記になっていた。それは、この荘園で起きた猟奇的な
事件の事についてだった。
「なんだ……これは……」
突如、奇妙な既視感に襲われ両手が震え始めた。
「…………!」
不意に視界に入った左手の傷……それを見た時、内側から黒い何
かが溢れ出て来たように感じた。
頭の中に様々な、身に覚えのない映像が次から次へと鮮明に映し
出される。
自分から逃げるように、泣きながら走る女性。大男が銃を持った
女性に何かを振りかぶる様子、こちらに向き直った女性の瞳から
光が消え涙が頬を伝うその瞬間まで。
「はぁ……はぁ……!」
頭を左右に振り思考をクリアにする。
「なんなんだ……俺は一体。あの日記……不可解な事件、非人道的だ。もしかすると、依頼主の娘は巻き込まれて……」
悪い方向にばかり考えてしまうのは探偵としてどうなのか、自分
の性分に疑問を抱きつつ椅子から立ち上がる。
「一応……建物の中だけじゃなく外も探索しておくか。手がかりが残されてるかもしれない」
探偵は逃げるように部屋から出ていった。
建物から出ると何故か来た時と景色が違っていた。
正面には見覚えのない工場のようなもの。右手側にはタイプライ
ターの様な機械、そこから黄色に発光するアンテナが生えてい
る。
「なんだ……ここは」
辺りを見回すと、今自分が出てきた建物は忽然と姿を消しそこら
中に立てかけられた板、壊れた窓枠。そして地面に設置された赤
い箱。
「なんでこんな所に工具箱が……」
興味本位で重い蓋を開け中を見ると、大量のネジや絡まった針金
で埋まっており底が見えない有様だった。
「これは酷いな……ん、なんだ?」
僅かに見えた金色の筒のようなもの、それは何かを反射し運良く
探偵の目を眩ました。絡まった針金をほどき、鉄ネジを箱の周り
にぶちまける。すると、底から銃の形をした何かが現れた。
「銃……いや、違う。 信号銃か……? 一体なんのために」
──用途は分からないが、何かに使えるかもしれない。備えあれ
ば憂いなしってやつだ。
探偵は右のポッケに無造作に銃を突っ込み、光るアンテナ目掛け
て進んだ。
タイプライターの様な機械には大量の暗号が書かれており、機械
が置かれている土台部分にはロックのかかったレバーと10桁の
ダイヤル式ロック。
少し動かした感じだけだが、恐らく機械を通すことで紙に書かれ
た文字が読める仕組みになっていて、最終的に現れる10桁の数
字を機械横のダイヤルに入力しレバーを下げることで何かが起き
るのだろう。
「最後までやってみるか……」
探偵は周りを気にすること無くカチカチとボタンを押し続けた──。
──ピー……ガシャッ。
暗号の解読終了を知らせる機械音。それと同時にアンテナに淡い
光が灯りボタンを押すことは出来なくなる。
「解読終了か……目立つな。こんな音と光が……わざとらしい。 ま
るで何かに知らせる意図が含まれてそうだ……」
一台の暗号機を解読し終え、ようやく周囲の警戒を始めた──だ
が。
──シュゥ……シュォー。
防毒マスクから漏れる息。まるでそれを連想させるかのような吐
息が聞こえる。
「なんの……音だ……?」
不気味な音、不安感に押しつぶされそうになる。次第に心拍数が
上がり呼吸が荒くなる。
「早く離れるか……」
正面にあった工場の窓枠を乗り越えてそのまま反対側へと走って
いった。
──ピー……ガシャッ。
「これで5個目……」
あと何個あるのか……いつまで続くのか。何度この不安感に襲わ
れたことか。
「また……ダメなのか」
そう、諦めかけた──その時。
戦争のサイレンのような音が自分の後方と、前方から辺り一体を
包み込むように大音量で鳴った。
「なんだ……!?」
突然の出来事で状況の理解が追いつかないまま後ろを見る。
そこには大きな鉄製の扉と暗証番号を入力する装置が壁に埋め込
まれていた。
「なんなんだ……! 何を打ち込めば……」
焦燥に駆られ、心拍数が上昇していく。
「まずいぞ……やはり、何かがいる……。さっきのサイレンでここ
に集まってくる事が想定済みなら……」
思考をフル回転させて入力装置をみつめる。
「そうか……! 分かったぞ!」
弾かれたように0から9の番号を、ある程度の予測に基づいて次々と押していく。
「くそ……最初からやり直し……焦るな。大丈夫だ……まだ間に合う」
一度でも入力を間違うと自動でリセットされてしまうようだっ
た。もう数十秒かけて、一度も間違うことなく入力を終えると鉄
の扉がゆっくりと横に開き始め、暗号解読成功を知らせてくれ
る。
「この先には何が……」
一息ついてから、ふと工場の方を見た。
──そこに居たのは不気味な形の鈍器を握りしめた大男。
「なんなんだ……あれは」
頭は僅かに傾き、全身が不自然に膨張し、身体の至る所が不自然
に痙攣している。そして着実に、確実にこちらへと近づいてきて
いる。
だが、扉はまだ大人の男性が通れるほど開いておらずただ開くの
を待つしかない。
「おいおい……急いでくれ!」
あと少し……もう数十センチ開けばなんとか通れるはず。そして
──通れる! と肩を隙間にねじ込んだ時だった。いつの間にか
眼前まで来ていた大男は鈍器を振り上げ扉から少しはみ出ている
左肩を叩きつけてきた。
「……ッ!」
とてつもない衝撃と共に激痛が全身を駆け巡る。 左肩の骨が粉
砕され、血が飛び散る。その直後、スルッと扉の奥に体が入って
いった。力を奥にかけ続けていたせいで躓き体勢を崩す。
大男はそれを見ると、武器を置いて両手で扉をこじ開け始めた。
「嘘……だろ。そんな事ありかよ……」
湿り気を帯びた草むらに尻をついて大男を見上げる。絶望と恐怖
が一気に押し寄せてくる。
そして扉がシステムの設定よりも早く、強引に開かれた。大男は
鈍器を持ち、ゆっくりと迫ってくる。
「………………」
──シュゥ……!!
大男が鈍器を振りかざした──刹那。
爆発音と同時に赤い煙が探偵の前に立ち上る。
衝撃に仰け反り悶える大男の事を見向きもせず、探偵は霧に消えた。
「はぁ……はぁ……」
途中から何があったのか、記憶が曖昧でよく覚えていない。あれ
からどれだけ走ったのか、どこに向かっているのか……左肩の熱
は今も残っている。
──頭がぼーっとする。疲れたな……ちょっと休憩でも……。
探偵は濃い霧の中で崩れるよう眠りについた。
「ここが最後の目撃情報があった場所……」
──しかし、依頼を頼んだ探偵が前金だけ持って失踪……か。娘
さんを必死で探してる人の気持ちを踏みにじって……許されな
い。
そう思う程に増していく怒りを抑えるためにカバンから《お守
り》を取り出す。亡き母親から貰ったお守りの様な物、この国に
は無い変わった形の扇子。よく見る煌びやかな物ではなくて……
落ち着いた、無駄の無い美しい扇子。
あたしが絶対に見つけて連れていきますから──。
強い決意を胸に、その女探偵は荘園に足を踏み入れた。 |
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