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盲女と犬

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に発表する 2018-10-18 01:07:23 携帯電話から | すべてのコメントを表示 |閲読モード
怪談の宴
ゲーム内の名前: 水鏡鈴羽
ゲーム内のID: 2120413
サーバー: アジア
ある一人の盲女は盲導犬と共に暮らしていた。盲女はその犬を我が子のように可愛がり、その犬も盲女によくなついていたそうです。盲女の両親は数年前に他界し、彼女の家族は盲導犬だけでした。
彼女には目こそ見えないものの、盲人特有の優れた記憶力があった。少なくとも家の家具などの在りかは完全に覚えており、その犬に餌をあげることや汚物の始末などは可能であったのだが、家の外となると話は別だった。毎日のように少しずつ変化していく街に、彼女の記憶力は追い付かなかった。だから買い物などで外出をする際には、必ず盲導犬を連れていたそうだ。その犬はとても賢く、信号は色か光を判断して動き、交差点は必ず一時停止し、盲女が角や壁にぶつかりそうになると盾となり守った。
そんな盲導犬を近隣の人々は忠犬と呼んだ。盲女自身もそれを誇りに思っていた。

探偵事務所に一つの電話があったのは、しとしとと雨が降る週末の朝だった。盲女の元から『盲導犬がいなくなった、捜索を手伝って欲しい』という連絡が入ったのだ。その探偵は彼女の親の友人で、以前彼はよく彼女の手伝いをしていた。彼が探偵事務所を構えると、彼女に会える時間が少なくなり、その連絡は暫くぶりのものだった。
盲女の話では、起床してすぐに朝ごはんを犬に与えようとしたところ、名前を呼んでもやって来るどころか気配すら無かったらしく、家中探し回ったが居ないようだったとのこと。確かに探偵が彼女の家に着き捜索をしても、犬は居ないようだった。
「あなた個人へでなく、探偵さんへの依頼としてあの子を探していただきたいです。」
そう盲女に言われた探偵は、その依頼を受け入れました。何でも彼は暇だったようですし、丁度よかったんだとか。
家に居ないとなると、外へと出ている可能性が高い。そう考えた探偵は、近隣を捜索することにした。近くの公園や林、他人の家の庭などに加えて、盲女の思い当たる居そうな場所を片っ端から探しました。しかし、それらしき姿は一向に見つかりません。近場であれば盲女も一緒に探しました。盲女は時々探偵に支えられながら、普段はほとんど使うことのない杖を不慣れにも動かしつつ、その犬の名前を呼んでいました。彼女の見えない目には、うっすらと涙が浮かんでいました。
結局のところ、夕方になっても見つからず、雨も強くなってきた為、その日の捜索は打ち切ることにしました。
「ご迷惑をかけてしまい、本当に申し訳ございません。」
探偵の帰り際、盲女は家の玄関で深く頭を下げました。彼女の表情はとても不安そうで、今にも倒れてしまうのではないかと思えるほどだった。
「こちらこそ、お役に立てず申し訳ない。明日も引き続き探しましょう。今夜にでも、居そうな場所を思い出してみてください。」
探偵は盲女にこそ見えはしないが、深く頭を下げた後、玄関を出て盲女の家を後にしました。夕方のはずの空は雨雲のせいで夜のように真っ暗になっており、少し離れた所にある街灯の光は、探偵には弱々しく思えました。

『犬が帰って来た。』という連絡は翌日早朝に入った。何でも、不安で早く目覚めたところ、庭の窓にカリカリと爪を当てる音がした為に開けてみると、その犬が飛び込んで来たんだとか。探偵は驚きと安心を得たが、続いて不可解な話も耳にした。『何だか様子が変。あまり近寄ろうとしないし、汚れたのか変な臭いがする。』と。探偵は盲女の変わりに様子を確認するために盲女の家へと向かいました。
犬の姿を見た探偵は絶句しました。否、言葉も出なかったと言うべきでしょうか。その犬は姿形こそ探偵の知る盲導犬でしたが、毛にはとても多くの汚れが付いていました。その汚れというのも泥やインクではなく、赤黒いもの…探偵にはそれがすぐに血だとわかりました。盲女の言うとおり、その犬からは変な匂い…錆びた鉄のような、血特有の匂いがしました。探偵はすぐに犬の体を確認しましたが、目立った外傷はなく、その犬もとても元気そうでした。それなら尚更その血は何者のものなのか、探偵は謎に思いました。警察に捜査をしてもらうことも考えましたが、事件性の低いものは優先順位の低いことを知っていたので、ひとまず自力で捜索をすることに決めました。
まずは盲女に協力を求めました。この犬は盲女の言うことはほぼ何でも聞き入れましたから。とは言っても、血が付いているなどと言えば彼女を不安に陥れかねないと思ったので、『特徴的な汚れが付いているから、それのある場所を突き止めたい。』という設定にしました。
「昨日は何処に行っていたんだい?」
盲女は犬に問いかけました。すると犬は見つめていた盲女の方から向きを変え、自分の入ってきた庭の窓の方を向き、『ワンッ』と一度吠えました。そちらの方角だったのでしょう。
「そうかい。なら、この男の人をそこまで案内してあげて欲しいの。」
盲女がそういうと、犬は彼女に近づいて、その手をペロッと舐めました。それに応えるように彼女も犬の頬を撫でました。
「お願いね。」
彼女がそういうと犬は自分で外出用のリードを持ち出し、探偵の前にやって来ました。探偵のことを見るその目は、とても輝いているように思えました。

雨は止んだものの、地面が濡れている道を、探偵と犬は進みました。探偵は犬に引っ張られるような感じで、犬が進む方向へと向かいました。血の付いた部分は幸いにも、大きな盲導犬用の服によって隠され、まだ残っている雨の匂いでその臭いもかき消されたので怪しまれることは無かったでしょう。近所のスーパーを通り過ぎ、駅を越え、広い公園を突っ切り、市街地へと向かっていきました。市街地ともなると朝でも人通りは多く、探偵のことを盲人と勘違いした人々が道を開けていきました。探偵は申し訳なく思いつつも、優しい人々が多くいることに感動に近い思いを抱きました。
市街地の路地を犬は曲がりました。探偵もそれに引っ張られて続きました。先程までの繁盛とはうって変わって、静かで暗い雰囲気が漂う場所です。その一角に建物がありました。どうやら小さな会社のオフィスのようです。しかし、オフィスの表札は文字が掠れており、外観もお世辞にも綺麗とは言えるものではありませんでした。そんな建物の前で犬は止まりました。お座りをして、探偵の方を見つめています。
「昨日はここにいたのか?」
犬は盲女の家からはだいぶ離れたこの場所に来たことなど無かったでしょう。なぜこんな所にいたのか。疑問は増えるばかりです。
「すいませーん。」
トントンッと扉をノックしながら探偵は建物の中へ声をかけました。しかし返事はありません。
「昨日こちらに犬が来たと思うのですがー。」
相変わらず返事はありません。ところがよく見ると、扉が少し開いていることに気がつきました。探偵はドアノブに手をかけました。ギイッと軋むような音を出して扉を押すと、そこには目を疑う光景が広がっていました。

オフィスと思われるその建物内部には、床には大きな血だまりが、壁には血飛沫が飛び散っていました。そして真っ暗な部屋の奥に、動く気配のない影がありました。間違いなく、人でした。それも複数人の。探偵は駆け寄り、脈を確認しましたが、全員既に体は冷たく、死体となっていました。その人々は全員男性で、二十代と思われる若者から、五十代と思われる中年までの計五名でした。全員の首や手足などには、人間には到底作ることのできない形をした傷がありました。そう、噛み傷です。
「お前が…やったのか?」
震える声で探偵は犬に問いかけました。犬はなにくわぬ顔で探偵を見つめるだけでした。

警察に連絡をすると、すぐに十名以上の警官がやって来ました。探偵は事情を説明すると、盲導犬と共に盲女の家に戻され、二人の聴取が行われました。本来聴取は警察署で行うものですが、盲女のことから、一旦盲女宅で行われる事となりました。
真っ先に探偵は先程の嘘を謝りました。不安にさせたくなかったと。
「いえそんな、気遣っていただいたのですから…。」
盲女は震える声で探偵に応えました。犬は少し不安そうな顔で盲女を見つめています。
警察は真っ先に盲女が命令したのではと疑いました。ですが、盲女は外出時にあんな遠いところまで行くことは無かったので、そもそもが建物の存在すら知らなかったのです。よってその線は無くなりました。次に警察は探偵を疑いました。よくある第一発見者を疑うパターンです。しかし、探偵の住む自宅兼事務所には防犯カメラがあり、そこには昨日帰って来た姿と今朝出かける姿が映っていました。探偵に改ざんできる代物では無かったので、その線も無くなりました。それなら犬が自らの意思で行ったことなのか。誰もがそう思いました。ですが、盲導犬という犬は徹底的に訓練され、飼い主の命令以外は聞くことはありませんし、ましてや人に危害を加えるなんて到底あり得ないのです。

ですが数日後、この犬が加害者である証拠が上がりました。犬の毛や歯に付いていた血液が、事件現場の物と一致したのです。そしてもう一つ重大なことが発覚しました。それは盲女の家の庭に、複数の遺体が埋められていたことです。発見のきっかけは、事件現場から一人の被害者の手首から先が失われていたことでした。警察はまさかと思ったのでしょうか、盲女の家の庭を掘り返しました。すると案の定手首が見つかりましたが、他にも遺体が見つかったのです。盲女は庭のある家に住んではいたものの、庭仕事などできるわけもなく、家には土を掘るシャベルはおろかスコップの一つもありませんでした。
そして全ての遺体にはやはり、犬の歯形のようなものがありました。間違いなく、あの盲導犬が犯人でしょう。それを聞いた盲女はショックのあまり倒れてしまったそうです。

盲女の意識が戻った後、彼女は探偵と共に警察署へと向かいました。本格的な聴取が行われることになったのです。一方の犬は一度保健所で管理と検査が行われることになり、盲女が目覚めるより前に警察と保健所の人に連れられて家を出ていきました。
盲女は泣きながら聴取に答えました。いつから飼い始めたのか、普段の様子は、健康状態はなどの基礎的な質問から、いなくなる直前の様子などの事件関連の質問まで、彼女は全て正直に答えました。
「信じられません…あの子はとてもいい子なんです。いつも私を守ってくれた。手伝ってくれた。笑顔にしてくれた。『姿』は見えなくても、『心で繋がっている』と思っていました…。」
聴取の中で、彼女がこう言った事が最も印象的だったと、聴取をした警官は後に言いました。
「いなくなるよりも前に、いつもと違う事が起こったりしませんでしたか?」
その問いに盲女が思い付いたことが一つだけありました。それは、いつもは空のはずのポストに手紙が入っていたことです。盲導犬がポストに近づき吠えるので開けてみると、中に便箋に入った手紙があったそうです。チラシなどなら勧誘だと思って捨てますが、こうも丁寧な手紙ならばそうもいきません。しかし、盲女には点字のない手紙を読むことはできません。不審に思いつつも、その手紙は放置することにしました。しかし、翌日も同じような手紙がポストにありました。その翌日も、その翌日も。盲女は怖くなり、その手紙を捨てることにしました。ゴミ箱にそれを入れた翌朝、犬はいなくなったのです。
警察は盲女の家のポストを確認しました。すると、犬がいなくなった当日に入れられたと思われる手紙が入っていました。しかし、その日以降のものと思われるものはありませんでした。
手紙の内容は、一言で言えば『詐欺』と呼べる代物でした。『料金が払われていません。このままでは差し押さえが行われます。』などといったよくあるものです。盲女にはこの手紙を読むことは出来なかったので騙されることはありませんでしたが、普段は来るはずのない『手紙』が、連続して届くということは、彼女に別の恐怖を与えました。そして…盲導犬は彼女のその恐怖を感じ取ったのでしょう。まさに『心で繋がっている』と言えるように。

手紙を出したのは例の被害者達五名でした。事件現場であるオフィスからは多くの詐欺の手紙やそのコピー、老人などを中心とした連絡先や名簿が多く発見され、その中には盲女の元に届いた手紙に酷似したものもありました。どうやら彼らは詐欺グループだったようで、様々な詐欺に手を出していたようです。そしてその拠点が、手紙の匂いからでしょうか、あの盲導犬にばれたのです。
盲導犬のしたことは盲女の為だったのではないか、という意見が警察の中でも出始めました。特に警察犬の管轄者や犬を飼っている警官らは、飼い主と犬がどれほど深い関係になれるのかよく知っているので、その意見に賛同しました。これは後からわかったことですが、盲女宅の庭にあった遺体も全て、強盗などで指名手配されている人物らだったということが特定されました。ですが、起こってしまった事が事なので、どういう理由があれど、その盲導犬は処分されるべきだという意見が多く出ました。その事を聞かされた盲女は声をあげて泣き叫びました。それもそのはず、たった一人の家族を失いたくはないのです。ですが彼女も、その盲導犬がしたことは許されない事だと理解はしていました。どうすればいいのか迷った挙げ句、彼女は一人の結論に至りました。
「一週間だけでいい。その間だけ、最後にあの子と一緒に普段通りの生活を送らせて欲しい。」
この事件では盲女は監督責任を問われはしましたが無実となったので、罪は盲導犬だけが背負うかたちになりました。そして警察にも人の心はあります。慈悲として、彼らは盲女の要求を飲み、一週間という短い期間を彼女に与えました。

その一週間を盲女は今まで生きてきた中で一番楽しみました。当たり前だった日々のありがたみを心から実感しました。探偵は当初その姿を見守っていましたが、二人の時間を邪魔するわけにはいかない、としてほとんど触れることはしませんでした。

そして最終日の夜、盲女は…家に火をつけました。これ以上別れを、悲しみを、孤独を感じたく無かったからでしょう。探偵はただ、燃える盲女の家を見つめる事しかできませんでした。




盲女が病院のベッドで意識を取り戻したのは、それから二週間後のことでした。暫くの間生死をさまよった後の奇跡的な目覚めでした。彼女は何故自分が生きているのか疑問に思いましたが、酷い火傷の為に声すら出せませんでした。
その答えはすぐに得ることが出来ました。探偵が彼女のお見舞いに来たのです。探偵が言うには、酷い火傷を負った状態で盲導犬は盲女を家の外まで引きずり出した後に、息絶えたそうです。駆けつけていた警察の中には事件の調査をしていた人もいたため、その姿にとても衝撃を受けたそうです。
「あの子は一体何者だったのか。事件の加害者か一途な忠犬か、それとも他の何かなのか。私には…我々には答えることも決めることもできないだろう。」
盲女は泣きました。声は出ませんし、目も見えませんが、今にも胸が張り裂けそうな思いを涙に込めました。探偵はその姿を見ると、病室を後にしました。座っていた椅子に、『依頼料はその涙に免じてタダにします。』という点字の手紙を残して。

盲導犬は一体何者だったのか?という探偵の疑問は、暫くたった現在も解決してはいません。ですが、きっと答えはないのでしょう。それを決めることは我々人間にはできない…神の領域とでも言えるものでしょう。捉え方は十人十色、あなたはあの盲導犬は何者だったと思いますか?
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