「嗚呼…私の神よ神様よ。貴方はそこにいらっしゃるのですね。」
薄暗く廃墟と化した屋敷の中で彼女の甘美な声が響く。 その目は恋い焦がれる少女のように熱く潤んでおり、虚空を見つめている。 彼女、フィオナ・ギルマンは神の導きによってこの荘園にやってきた。 彼女の神はこう囁いた。
「フィオナ・ギルマン、迷える魂を救え。我は園にて汝を待つ。」
彼女の生業は、祭司。 神との親和を計ろうとする者で、神の声を人々に伝える神秘主義者だ。 神の導くままにその声で迷える人々を救ってきたのだが、彼女をここまで突き動かす 啓示は初めてだった。 だからこそ、彼女は喜びに打ち震えていた。 迷える魂を救わなければならないと使命感にも似た感情に突き動かされ、訪れた場所には 沢山の人々がいた。怯える者、自信に満ちている表情で今か今かと待つ者、女性に言い寄る者。 実に様々である。
「嗚呼、神よ。ここには沢山の迷える子らがいます。」
彼女は、神の愛を感じながら集まる人々に向かい歌うような美しい声で言葉を紡いでいく。 神の存在、迷える子らへの祝福と導き、愛……。 きっと彼ら彼女らは導かれるであろう。私の言葉によって、救われるであろう。 美しく甘美なその声は荘園の中を包み込みように響いていくのだ。
しかし、彼女は気づいていないだろう。 その声は彼らの心には響いていないことを。その声は、美しくも甘美でもない。 一人虚しく呪詛のように地を這い朽ちていることを。 彼女の信仰は誰一人受け入れられていないことを。
荘園はいつしか不気味な鐘が鳴り響く教会に変わっていた。 生ぬるい風が彼女の頬を撫でていく。空は朱に染まり、 照らされた周囲まで紅に染まっていた。
「あら、貴方も神の言葉を聞きたいのね。」
彼女を覆い隠すばかりの陰と、低く柔らかい鼻歌に振り返ると彼女は微笑む。 その腕が振り上げられ鈍く光る刃が彼女を切り裂くまで時間は必要なかった。
紅に染まる教会にまた新しい赤色が増えた。
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