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怪談の宴
ゲーム内の名前: setomono
ゲーム内のID: 980488
サーバー: アジア
静まりかえる赤の教会。時折聞こえるフクロウの鳴き声と自分の足音だけが、古びた壁に響いていた。陰気な場所だが近頃はハロウィンの飾り付けがされていて、一般的な装飾が場違いにぴかぴかと輝いている。
とはいえゲームの内容が変わることはないため、ジャックは今日も今日とて生存者を椅子に縛り付けるお仕事に勤しんでいた。

(周辺に生存者の気配はなし、か)
ぐるりとステージを見回し、霧が出ていないことを確認。そして、とりあえず近くの暗号機に向かおうとした彼の耳に、解読終了を告げる忌々しいブザーが届いた。
思わずため息をつきそうになる。最低条件は満たしているとはいえ、ここからは両方のゲートと、場合によっては地下室に気を配りながら生存者を探し出さなくてはならない。
残った面子を考えると気分が重くなるが頭を振り、とにかく残る人数を確認する。と、壁越しに気配を感じると同時に、地面に現れていた扉が目に入る。

「――これはまた、面倒なことになりそうな……」
ジャックは、仮面の下で溜息をついた。



教会の隅で倒れていたナワーブは、ブザーの音で身を起こした。もう二人飛ばされてしまっていたが、自分が動けない間に残った一人が解読を終わらせてくれたようだ。
マーサ、助かった。ここにいない仲間に向けて呟く。
ハンターが近くにいるという警告を最後に姿が見えなくなっていたが、上手く立ち回ってくれたらしい。比べて自分といえば一応試みていた自己回復も遅々として進まず、正直見つかって括られる方が早いんじゃないかと思っていた。
しばらく動けなかった分取り返さなければと立ち上がる。解読は終わっているためあの騒音に悩まされることはないと考えると心なしか体も軽い。
傷は痛むものの、これなら動けるだろう。肘当てを撫でて、薄暗い教会から走り出そうとした。

しかし、一歩土を踏んだ瞬間、得体の知れない違和感にその体が一瞬強張る。
先程までとは別世界に感じるほど、周囲の雰囲気が酷く重かった。何か、よくないものが近くにいる。闇に沈んだ木々の奥からも、すぐ隣からも視線を感じる。ハンターの気配は感じられないのに、心臓が早鐘を打つ。
嫌な予感から逃れるようにまた一歩進んだその足が、何かに掴まれたような気がした。

「――っ!!」
思わず出そうになった声を飲み込み、ナワーブは飛びのくように後ろに下がった。くるりとベンチの背後に回りながら、向こうから視線が通らないようにしゃがむ。
すると、拍子抜けするほどあっさりと妙な違和感は収まった。少し顔を上げて気配を探るも何も感じられず、完全にいつもの教会のようだ。

あれは、一体? まだ心臓は落ち着かないが危険は感じられない。それなら、とナワーブは外に向き直る。先程の恐怖を思い出してもなお、正体が分からない方が自分にとっては恐ろしかった。
弱気を押し込めて、先程いた辺りを確認する。
すると意外なことに、目に入った異常は出口あたりの地面が病院の沼のように変色している位だった。
もしかしてあれに足をとられただけ、とまで考えて脱力してしまった。先程までは確かにいつもの地面だったはずのそこが黒く変色し、奇妙な臭いを発生してはいるが、よく目を凝らしても怪物もいなければ手なんて生えていない。

「いや、確かにさっきは……」思わず誰かに向けて言い訳したくなる。だって、ちっぽけな沼に驚いて本気で警戒する元兵士。恥ずかしすぎる。
カートさんがたまに話してくれる物語に勘違いで怖がる大の男が出てきたが、もし実際にこんなものを語り継がれたら一生フードを脱げなくなる。
ひときしりあーだの何だの呻いてさっきの自分を忘れようとしていたが、無駄な努力で時間を潰すよりさっさとこのゲームを終わらせる方が早い。気をとりなおしもう一度出ようとして、
「……まあ、足を取られてハンターに見つかったらまずいからな」
言い訳しながら別の出口へ向かった。



別方向から教会を出たところ、今度は足を取られることもなく普通に走ることができた。先程見たような沼はあちこちに発生しているが、分かったうえで気を付ければ危険はないだろう。己の能力をきちんと使うことができる環境であれば、もしも、本当にもしものことだが化け物に出会ってもそう恐ろしくはない。
今だって霧に紛れる化け物に追われてるんだ、ある意味今更ともいえる。

調子を取り戻してきたナワーブは、いつのまにかマーサの気配が感じられないことに気付いた。
一瞬身構えるも、怪我をした様子はなかったし、記憶が正しければまだ信号銃が撃たれた形跡はない。どうやら無事ゲートから脱出したようだ。
自分も早く帰ろう、そう思って足を早めたが、そう上手くは行かないらしい。道も半ばで鳴り始めた心音は、今度こそハンターの接近を表していた。

ざっと距離を確認するが、肘当てを使い切ったとしてもゲートはまだ遠い。やり過ごしてもう片方のゲートに向かおう。おとなしくその場所から遠ざかり、収まってきた心音を確認しつつそう考えていたが、ふと自分一人なら地下室から出られるということに思い当たった。
あれならハンターに見つかっている可能性も低いし、マーサが開けていない方のゲートでハンターと鉢合わせという笑えない結末も回避できる。
そうと決まれば地下室へ。何となく足が向いた方に進めば、地下室はすぐ発見できた。

遠目に見ても扉は開いている。安堵して駆け寄ろうとしたナワーブだったが、ふとなにか忘れているような気がして足を止める。
ゲートに近い位置にある地下室。今までたくさん時間があったのに、ハンターがそれに気が付かないなんてことがありえるか?
目を見開いたその瞬間、
「なんだ、ぼんやり近づいてきたから追う手間が省けると思ったんですが」
地下室より手前で大きく空間が揺らぎ、初めて心音が最大に近いまでにうるさく鳴っていることを自覚した。

(何故油断していた、こんなに近くにくるまで気付かないなんて……!)
自分のうかつさに顔をゆがめる。が、反省する暇があるならこの状況を切り抜けなければ。姿勢を低くし、隙を探す。対するリッパーは余裕があるようで、珍しくこちらに話しかけてきた。

「どうして地下室を選んだんですか?  おとなしくゲートから出ていればよかったのに」
「――残ってるのは俺だけだ。ならゲートより地下室の方が早いだろ」
お前だってそう踏んでここに来たはずだ、と言うと、それはそうですが、となぜか不満そうながらも納得したようだった。

「お前こそ、今日はおかしい。……ゲーム中に話しかけてくるなんて、何を企んでる?」
「なあんにも?  君だって知っている筈です、私達にとって解読終わってからのんびりするメリットなんてありませんよ。分かってて時間稼ぎしてるんでしょう?」

図星をつかれ、つい余計なことを言ってしまったことを後悔する。ゲート解放に伴って強化された一撃を喰らわないためにハンターの話に付き合おうとしていたのに。
……読まれてしまったならもう話を続けても意味はない。ゆっくりと位置を移動していたから肘当てが使えるし、一発までならなんとか耐えられる。この距離なら十分地下室に滑り込める可能性はあるだろう。
黙り込んだ自分に、何故かリッパーは驚いたように話し始めた。

「え、もしかして強行突破しようとか考えてます?」
「そうだと言ったら?」
「私がまだ強化されている可能性、まさか忘れていませんよね」
「……」

たまに分の悪い賭けに出ようとするその癖、仲間にやめろって言われません?  私が言うことじゃありませんが。言葉を継げないナワーブにそう話しながら、リッパーは何かガサガサと取り出し始めた。
気配でしかわからないが、どうやら紙を広げているらしい。ぽい、と放り捨てられ姿を現したそれには、おどろおどろしい文字で「怪談の宴」と書かれていた。

無意識に困惑した顔をしていたのだろう、リッパーが説明するには、ハンター達の間ではそれぞれ恐ろしい話を持ち寄りどれが一番か決めようという催し物が時折開かれるらしい。

「前回は美智子に一位を取られたので、今回こそは……!」
「まさかと思うが、試しにその話を聞かせるために引き留めてたんじゃないだろうな」
「どうしてそんなに急いで出ようとするんですか? ここにいましょうよ、とりあえずあと10分位」
「……その話し方やめろ」

ついさっきまで鼻歌を歌いながら自分達を切りつけていた化け物は、今度は物語を語りたいらしい。

「あ、トリックオアトリート。お茶請けありませんか?」
「ない」
「それは残念」

――ここまで攻撃する気配を見せないなら、一か八か賭けに出るより確実に強化が切れるまで待った方がいいだろう。地下室に未練は残るがそう思い直し、警戒は解かないまでも少し楽な姿勢に変えた。



「では」
コホンと一度わざとらしく咳払いし、リッパーは語り始める。

君達は知らないと思いますが、このゲームはかなり昔から続いているんです。……はい。エマやピアソン達が来たのも、ここの歴史からしたらつい最近のことですよ。私がこれから話すのは本当に初期の頃。まだルールも能力もあやふやで、ハンターもサバイバーも手探りでゲームを進めていた時代、ゲーム中に起こったある出来事です。

その日、ゲームが始まる前からずっと、生存者である彼女は不安でした。前回のゲームに参加した友人が一人、帰ってこなかったんです。
他に参加していた仲間にも、ハンターにさえ心当たりを聞きましたが皆口を揃えて行方は分からないと言います。

――嘘? そんなにハンターの発言って信用できませんか? 別に否定はしませんけど、これについては本当じゃないかと思いますよ。生存者がいなくなるまでハンターはステージから出られませんし。そもそも私達の仕事って君達を荘園に送り返すことですから、殺してもちょっと楽しいくらいで特にいいことないんです。
第一、君達って失血死させてもいきなり消えてまたしれっとゲームに参加してくるじゃないですか。私何回か君にやったと思うんですが、あれって原理どうなってるんですか?

――話を戻しますね。
そんなこんなで、連絡が取れる全てに確認しても友人の居場所は分かりませんでした。そうしているうちに次のゲームが始まります。
もし友人の身にイレギュラーなことが起きたのなら、いつもはゲームごとに元通りになっているステージにも何か痕跡が残っているかもしれない。少しでも手がかりがあれば、そう思って彼女は自ら志願してゲームに参加したんです。
彼女の不安を置き去りに、ゲームはいつも通り進行していきます。他に目的があるとはいえ仲間のためにも解読や逃走に忙しく、なかなか捜索できません。
ステージには少しいつもと違う場所もありましたが、当時はよく変更がありましたし、変化自体そうおかしなものでもなかったので気に留めることはありませんでした。
一人、二人飛ばされて残るは二人。この時点でようやく解読が終わり、小屋の辺りで共に解読していた仲間は近くのゲートに向かいます。
一緒に行こうという言葉に彼女は首を振り、もう少し調べてみると言葉を残して教会の方へ向かいました。

「あれ、言ってませんでしたっけ? これはこのステージ、赤の教会で起こった話ですよ」
相手が透明化しているため、ゆらゆらと揺れる空間を眺めながら話を聞いていたナワーブだったが、まさにこの場所で起こった話と知り目を瞬かせた。
今まで他人事として聞いていた話がやや身近に感じられて身じろぎする。
ふと、さっきは聞き流した「彼女が感じた小さな変化」とは一体何だったのか疑問に思った。もしかして、小さな沼ができていた、だったりするのだろうか。
……きっと考えすぎだろう。話の中の彼女と同じ反応をしていることに気付かないまま、リッパーの話は続く。

「彼女は仲間と逆方向の北ゲートに向かいながら、木の陰、教会の壁、どこかに友人の残した痕跡がないか調べました。しかし結局見つからないまま、もう片方のゲートが見えるところまで来てしまったのです」

彼女は落胆しましたが、同時に軽い安堵も感じました。痕跡こそ見つからなかったものの、同時に友人の身に何かあったというはっきりした証拠もありませんでしたから。
案外本当の意味で荘園から脱出できたのかもしれない。そう自分を納得させた彼女はゲートに向かいましたが、ふと何かに呼ばれたように感じ振り返ります。すると地面の上に見慣れないものを見つけました。
ジャックオランタン、光るカボチャです。その時は今のように装飾はなかったので彼女はすっかり忘れていましたが、そういえば確かにハロウィンの時期でした。

興味を持った彼女はよく見ようと近づいて……次の瞬間、いきなり彼女の視界いっぱいにそのカボチャが写りました。
突然のことに驚いて離れようとしましたが、指一本動きません。それに、強烈な違和感が彼女を襲います。
さっきは見下ろしていたジャックオランタンが今は同じ目線にある。でも、目の前のそれは地面に置かれたまま。パニックを起こす寸前だった彼女は悟りました。自分は土の中に埋められていて、頭だけが外に出た状態だということを。

意味の分からない現状からなんとか抜け出そうとした彼女でしたが……不幸とは続くもので、さっきまで冷たくて仕方なかった足が、もうなんの反応も示さないことに気が付いてしまいました。
じわじわ、じわじわとその範囲は広がっていきます。痛みはありませんでしたが、そのことこそが恐ろしい。自分の体が土に置き換わっていくのになんの妨げもないという事ですから。
もしかしたら仲間が気付くかもしれない。もうハンターでもいいからこの地獄を終わらせてほしい。彼女は必死に叫びましたが、結局誰に届くこともありませんでした。
腰が、腕が動かなくなり、痛いほど鳴っていたはずの心臓の鼓動も感じられなくなり、枯らした喉の痛みが曖昧になってきた頃、彼女はようやく気が付きました。目の前のジャックオランタン、その頬にある傷が、友人のものと瓜二つであることに。

「――と、この話はこれでおしまいです」
どうでしたか? と聞かれたが、「……まあ、普通に怖いんじゃないか」という感想しか出てこなかった。

ゆっくりと自分が自分でなくなっていくのを自覚しながら過ごす時間は耐え難いだろうし、死ぬこともできないあたり拷問に近い。絶対に避けたい類の体験なのは確かだ。
正直にそう伝えてもリッパーの気配はどこか物足りなさそうだ。もっと別のものを期待していたような反応。しかし、そんなものに注意を割くより、もっと考えるべきことが存在する気がして、ナワーブは視線を地下室に戻す。

早くあそこから帰りたいとも思うが、どうも話の途中からなにかが頭に残って離れない。ひどく重要なことに気付いているはずなのに、うまく考えがまとまらない感覚がもどかしい。
よくわからない焦りから、ついそれを口に出した。
「……ハロウィンの出来事だった、そう聞いたあたりでそういえば今の状況と似てると思って」
「ほう!」

話に集中できなかった、そう続ける前に、リッパーが突然嬉しそうに声を上げた。予想していなかったリアクションに反応が遅れる。
「ぼんやりした顔をしているから気付いてないんじゃないかとひやひやしましたよ。せっかく準備していたのに」
「何の話だ」
「ま、完全には分からなかったみたいですが仕方ない。そこまで求めるのは酷でしょう」

実はね、この話にはおまけがあるんです。とっておきの秘密を明かすようにそう話し始めたリッパーの声からは、ほんの少し前まで確かに感じられていたはずの人間味が抜け落ちていた。

「彼女や友人が消えたゲームで最後に荘園に帰ってきた者達は、『てっきり先に帰ったものだと』と言っていたそうです。彼女も友人も、もはや生存者としてはステージに存在していません。傷ついたわけでも死んだわけでもなく、ただ変わってしまっただけだったから、いなくなったという事実だけが残って勘違いしたんでしょう」

語るリッパーの声を聞きながら考える。この危機感の正体はなんだ? あいつは何を考えてる? 焦燥から、頭の芯が冷えていく。相手に攻撃してくる素振りはないが、先程までとは明らかに様子が違う。
今と状況が近い。話を聞いて確かにそう感じたが、そう深く考えた言葉ではなかった。例えるなら月餅を齧りながら異国のウサギの神話を聞く位の感慨だ。
第一そんなことが現実に起きる訳ないじゃないか。彼女の最期辺りなんて特にそうで、死ぬ間際の考えなんて本人以外にはわかるはずがない。

なら、多少の脚色が含まれているとしたら。

もしもあの物語が、実際に起きた、まだ終わっていない怪異だとしたら? 物語と同じ、「ハロウィン」の「赤い教会」で感じたあの悪寒が気のせいでなかったのなら、もう目を付けられていたらどうだろう。
土の中に埋められて、人として死ぬことさえできない。今までの全てが意味をなさず、ただ淡々と変えられていくことをつい想像してしまい鳥肌が立つ。
その前に、あの地下室に飛び込んだほうがいいんじゃないか? もう十分時間は経った。強化は切れているだろう。なら、今すぐ走ればいいのに、もう足はそちらに向いているのに、まだ行ってはならないと確信しているのは何故だろうか。

「もっと嫌な話をすると、物語の彼女が消えたゲームで最後に出た人って、ゲートを開くと同時に向こうの気配が消えたから、そのまま帰ったらしいんですよ。時間的に考えて、彼女がまだ意識を保っていた時に、助けを求めていた時に、その人はとっとと脱出してしまったんでしょうね」
「何か違和感に気付いていたら、まだ間に合ったかもしれないのに」

そもそもリッパーは何故俺に話を聞かせた? 最初に聞かされた呑気な理由なんて信用できない。もし化け物に捕まる姿が見たいなら話して警戒させる必要はないし、悪趣味な作り話を聞かせて地下室に逃げ込む姿を笑うためにしては手間がかかりすぎる。ナワーブ・サベダーが別の行動をすると確信しているのか。
俺が逃げない理由。脱出する手段があるのに、生存者がそれに背を向けるのはどんな時だ?
一つ、思い当たることがあった。

――仲間がステージの中に残っているなら、見捨てて逃げようとは思えない。

浮かんだのは、さっきまで共にいた仲間の姿。誰かが捕まっていると全力を出せない、でも申し訳ないけど今更治らないみたい、昔そう困ったように笑っていた彼女は、本当にここを去ったのか?

悲鳴は聞こえなかった。怪我をした気配も、倒れた気配もなかった。だから、「てっきり先に帰ったものだと」。

「ね、きょうはハロウィン。地獄から悪霊が仲間を増やそうと押し寄せる日です」

弾むような声音が語る。

「過去の女性は15分ともたなかったそうですが、『頑強』な彼女はどのくらいもつでしょうね?」

目を見開いたナワーブに、化け物は酷く楽しげにそう告げた。

反転して、駆け出す。気配がなくなってからどのくらい経った? 肘当てを打ちあてて加速する、そのために壁に近づいた時間すら惜しかった。
もう地下室も沼も化け物も、彼女の末路もどうでもいい。北のゲートに向けて、前方の石を飛び越えて、転ばないギリギリの速度で、走れ、走れ!!
そうやって必死だったから、教会から飛び出してきた影に対する反応が遅れた。服の裾を掴まれて体勢が崩れ、派手に転んでしまう。それでも時間を浪費してしまった事にだけ注意を向け、また駆け出そうとしたナワーブの耳に、

「今までどこにいたのよ、馬鹿ナワーブ!!」
慣れ親しんだ、声が届いた。

「マー、サ……?」
「ゲート開けても来ないし、どれだけ呼んでも返事しないし! まだ怪我してるのにどこを「お前、土…… 間に合わないかと……」
「……は?」
「無事、だったのか。 そっか」

よかった。そう呟く声は、自分でも驚くほど掠れていた。心から心配してくれていたのが伝わってくる勢いで怒っていたマーサも、明らかにいつもと違う様子を見て困惑する。
「ねえ、あなた本当に今まで何して、っ!」
異常の理由を問おうとしたマーサだったが、近づいてくる足音に気付き視線を走らせると、腰に付けていた信号銃を握った。そのままナワーブが走ってきた方向から来たそれに照準を合わせる。
姿は見えずとも、この距離なら当てられる。

「詳しく説明してくれる? リッパー」



「…… とまあ、そう言ったら、急に真っ青になって走り出したんです。いやあ、中々見ない表情でしたよ」
「悪趣味。最低」
「ははは。あそこまで反応してもらえると、作者冥利に尽きますね」
絵の他にも才能があったのかも、とうそぶくリッパーはマーサの怒りなどどこ吹く風だ。
三人はあの後、教会横からベンチが並ぶゲート前の広場へ移動していた。
ナワーブはといえば、感情と体を酷使した反動でぐったりとベンチに座っている。攻撃されても脱出できる位置だし、素振りでも見せたら信号銃を撃たれること請け合いだから、もう気を抜いてもいいだろう。
緊張が解けると急に体のあちこちが痛んで、そういえばずっと怪我をしたままだった、と思い出す。今治すにも時間がかかるだろうから、帰ったらエミリー先生に頼もう。しばらくは何も考えたくない、と背もたれにもたれかかった。
ここへの移動中、姿を隠すのをやめたリッパーが半笑いで走りっぷりを褒めてきたので睨んだところ、「トリックオアトリートと言ったでしょう? おかしをくれなかったから嫌がらせです」とのたまった。
「あの話は作り話ですよ。あの後すぐ種明かしして笑ってやろうと思っていたのに、君すごい勢いで走っていくから驚きました」と続けたが、どうだか。性格の悪さを罵りたかったが、何を言っても鼻で笑われる気がしてやめた。それに、仲間は無事だった。その安堵と疲労が怒りに勝ったのか、自分でも意外なくらい気分は落ち着いていた。

散々怒っても飄々としているリッパーに疲れたのだろう、マーサがこちらに近づいてきた。そろそろ帰りましょうと言われて立ち上がる。その拍子に視界に入ったジャックオランタンについ反応してしまい、口の端をゆがめた。

リッパーが言うには、荘園の主がいる限り物語のような事件は起きようがないらしい。生存者もハンターも増えることはあっても減ることはありえない、とか。言われてみれば、このゲームを妙な力で管理している荘園の主はどんな形であれ「いち抜け」を許さないだろうとも思った。
たとえカボチャになっても戻されてゲームを続ける羽目になるんだろうな。笑えない話だが、そう考えると妙におかしかった。

「お疲れさま。……散々だったみたいね」
「別に平気、――いや、そうだな。流石に今回は疲れた」

勘違いで二回も慌てふためくなんてそうそうない、と自嘲気味に笑うと驚いた顔をされた。そういえば、教会で起きたことについて話すことをすっかり忘れていた。あれだけ隠したかった失態も、今考えるとかわいいものだと感じる。
軽く説明して、よく見たらただの沼だった、と話を終わらせると、このステージにそんなものあった? と返された。
「普段はないけど、今日はあちこちにできてただろ、足をとられる沼」
「特に見てないけど……」そう返されて首をひねる。目立つほど大きくはないが、一つくらいは目に入ってもおかしくないのに。あたりを見渡したが、確かに見当たらなかった。
「この辺りには無いみたいだな。地下室のあたりには結構あった」

その言葉に、歩き出していたマーサの足が止まる。
「ねえ。それで思い出したけど、地下室辺りにいたって本当?」
「ああ、ゲートに向かったら心音がしたから、それならと思って地下室に向かったんだ」
最後の一人になった時点で、あの扉は開くから。そう口に出しかけて固まる。そういえば、と思い出した。
――マーサの気配が消えた理由は何だったんだ?

「……今だから言うけど。私、地下室のあたりも見に行ったのよ。何かで声が出ないとかでそれを伝えられずに困ってるんじゃないかって」少し俯きながらマーサは続ける。
「でも、誰もいなかった。カラスが寄ってきてたからハンターが来るんじゃないかとも思ったけど、心音の一つもしなかった」

あなた達、本当にあそこにいたの? それに答える前に、黙って聞いていたリッパーが言葉を発した。

「一応二人ともいましたよ、多少ずれた場所でしたが」
「ずれた場所?」
どういう意味かと問いかけたマーサに対して、私はご覧の通り化け物寄りなのでおかしな干渉は受けませんが、と前置きして語る。
「君はあちらに呼ばれていたんですよ、ナワーブ」
ハロウィンの時期ですから。下を指差しながら語られた突然の言葉に、二人は思わず足を止めた。

「気付いていないならいいかと思いましたし、ついさっきまで何かの拍子で飛び込みそうな奴がいたから下手に触れなかったんですが――そもそもあの扉が開いたのは、まだ二人とも残っていた時です。放っておくとろくなことにならなさそうだと近くにいたら、妙なモノが貼りついた君が呑気に走ってきて頭を抱えましたよ」
消えていたのはマーサじゃない。君の方です。リッパーはもう一度告げた。ステージの外ではありませんが、ずれた場所にいる者からしか干渉できないあちらよりの世界にいたんです、さっきまで。
――だからそっちは最初から勘違いじゃありませんよ。そう言いながらリッパーのかぎ爪がナワーブの足首を指す。
そちらを見たマーサは息をのみ、遅れてナワーブも気付いた。そこには何かが掴んだような、真っ黒な泥でできた手形がついていた。

「さっきまでそこに何かしがみついていました。君がやたら地下室から出ることに執着してるなと思ったら、来た時は手だけ貼り付けてたのにいつのまにか腕が生えていて、おまけにそれが地下室へ続いているから驚きましたよ。走り出したときにはがれたのでいつものステージに戻りましたが」
妙な場所に逃げられるのはゲートよりよっぽど癪だったので止めましたけど、呼ばれる通りに扉の中に飛び込んだら、一体どんなところに引きずりこまれていたんでしょうね。
どうです? 私の物語、聞いていてよかったでしょう?



「お礼はお菓子でいいですよー」
「……大体いつも仮面を付けてるが、それでどうやってものを食べるんだ?」
「普通に仮面をとって口で食べますよ。見ます?」
「結構よ」

二人の背中が遠ざかっていく。
あの後、勘違いばかりではなかったことを知ったナワーブはなんとも言えない顔をして、こんな話でほっとするなとマーサに背中を叩かれていた。
そんな二人に、こちらへ来る前に扉を確認したらまだ開いていたことを伝えると、心なしか足を早めてゲートに向かっていく。やれやれようやく終わる、と背中を眺めていたジャックだったが、ゲートをくぐる直前、二人が急に振り向いた。おや、と思う。
最後に一言文句でも言いたいのだろうか? 信号銃は勘弁してほしいが。そんな彼に、迷うようなそぶりを見せた二人は、それでもまっすぐに視線を向けて口を開いた。

「「ありがとう、助かった」」

そう言い残して今度こそ去った二人はもう振り帰ることはない。だから、心底驚いて固まったジャックの姿を見た者はいなかった。



ジャックが「ずれた」場所に戻ると、おそろしい数の触手に囲まれたあの扉が目に入った。協力狩りでたまに見る光景だが、思わずうわあと声が出る。

「ハスター、あなたいつからここに、というか何やってるんですか」
「我に入れぬ場所はない。遊戯の間は決まり事に従うが、もう終わっただろう」
微妙にかみ合わない返答に頭を振る。この神が話を聞かないのはいつもと同じだ。気を取り直して会話を続ける。

「それ、タチが悪いから消したいんですよね。荘園に送り返せないところに逃げられるなんてごめんです」
たとえ荘園の主が手を出せば戻ってくるとしても、獲物を盗られるのは気に食わない。逃げる先が天国だろうが地獄だろうが、ハンターにその認識は共通している。

それに、恐らくは扉の下から染み出してきた何かによって作られた沼がまだ異臭を放っているのも気に障る。いくら「地獄から来た」といっても、自分の本拠地はロンドンだ。硫黄臭に慣れているわけではない。

「まさに今、封じるところだ」仮面の下で顔をしかめたリッパーに対しハスターはそう答えると、腕を持ち上げ触手を操り始めた。途端に、ギギギギと音が響き始める。見ると、束になった触手が開いた扉を地面から引きはがそうとしているように見えた。

「まさかと思いますけど、力技で解決するつもりですか」
「開いているのが問題なら、閉じればいいと決まっている。一度縁が切れれば異常も収まるし、二度同じ場所にはつながらぬだろう」

そんなことでいいのか。そもそもこれって力で閉じられるものなのか。ジャックの困惑をよそに涼しい顔で作業を続けるハスター。音は低い音から段々と高くなり、まるで悲鳴のように響いて……バタン、と扉はあっけなく閉まった。確かにもうおかしな気配は感じない。

「さ、私達も帰りましょうか。無駄に労力がかかりましたが、面白いものも見たし、貴重な体験もしたのでよしとします」
「何かあったのか?」
「さて。それより、あてができたので次の宴にはお菓子でも差し入れしますよ。確か参加するんでしたよね?」
「ああ。全員を恐怖の渦に叩き込めばいいのであろう? まさに我の領分だ」
「……もしかして能力使おうとしてません? それがありならあなたとか傘の新入りとかが有利じゃないですか! 禁止ですよ禁止!!」

わいわいと騒がしく、異形二人が去っていく。時間はかかったが、今回もいつも通り、全員があるべき場所に戻った。
やがて装飾も光を消す。その後には、普段の静けさを取り戻した赤の教会が残された。


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